まず諦めないね。~母は日本的な「忍耐」を重んじない~

産後うつ。
私の場合、これは産後3日目に訪れた。
激しい哀愁に襲われ、母性本能ガルガル感情丸出しの状態になり、病院でお産のお世話になった助産師さん達に対してすら、「私の大切な息子に触らないで!変な言葉で話しかけないで!」と感じたものだ。

その日は夫が仕事帰りにいそいそとお見舞いに来てくれ、一緒に息子にミルクをあげてから、面会時間が終了しそうな中、乳首が切れて痛かった私のために、病院内の売店に走り、馬油を買って来てくれた。もっと一緒にいたかったけれど、もう時間。病棟の入り口のドアで、「また明日のお昼にね。」と言って手を振った私は、病室のベッドへ戻ると涙がこみあげてきて止まらなかった。

産後3日目、私はまだ母乳の出が軌道に乗っておらず、助産師さんたちがミルクを作ってくれたのでそれを夫と一緒に慣れない手つきで家族控室で息子に飲ませていたのだが、見守っていてくれた助産師さんが、こう言った。

「ほらほら、ちゃんとこうして。あ、吐く。ご主人のワイシャツに吐いたら大変よ。あなた、ほら横着しないで。あなた達ご両親遠方なんでしょ?退院したら大変よ。使えるサービスは何でも利用してやってかないと。」

産後3日目のこの夜まで、夫は息子をまともに抱っこもできていなかった。
やっと家族3人で初めての授乳タイムとなったと嬉しかった私の柔らかな心と、産後でズタズタ・ギシギシの肉体に、この助産師さんの言葉は鋭く突き刺さった。

一生懸命ミルクをあげてたつもりなのに、横着してるように見えたかな?
夫のワイシャツに息子が吐いても、夫は怒りはしないのに、そんな言い方しなくても…。
退院したら大変なのはわかってるよ、でも今そんな言い方しなくても…。

夫が帰り、ベッドで声を殺して泣いていたら、段々声を殺せないほど色々な感情がこみあげてきて、同じ部屋の皆さんに悪いなと思いつつも、もう少女のように泣き始めてしまった。
そこへ検温と血圧計測に来た助産師さんがカーテンを開けて、
「あら、どうしたの?何かあったの?」と優しく声をかけてくれた。
「すみません…色々考えてたら不安になって来てしまって。」
助産師さんは、カーテンを後ろ手に閉めて、話すよう促してくれた。
10分くらいも話しただろうか。これから息子を育てていく上での不安のたけを。
彼女は深くうなずいて、きっと大丈夫、母は強しと言うのはまんざらでもないものよ、と励ましてくれた。それから検温と血圧計測をして、ナースステーションへ帰って行った。
ありがたいと思った。

不安というのは、私が息子を育てていく上で、広い世界を見せてあげたいのに、経済的な理由でそれが叶いそうもないというジレンマだった。インターナショナルスクールに行かせてあげたい。日本の公立学校では全く私の価値観が合わず、子供にとって自分が信頼できないものを与えるわけにはいかないという問題があるから。

今お金がないからといって、はいそうですか、と諦められるほど単純な問題ではない。
私はこの時、さらに別の助産師さん(私とほぼ同世代)と授乳タイムに話す機会があり、今度は産後ブルーな気持ちが落ち着いた状態で、冷静にこのことを話した。

すると、予期していた、極めて日本的というか、保守的なことを彼女は励ましのつもりで言ってくれた。
「まあまあ、そこはやっぱり耐えるしかないんじゃないですか…。みんな我慢しなきゃいけないことはあるのだし、どこへ行っても大変なことはあるし。適当に流して、受け入れて、我慢して…。自分が変わるしかないっていうか?適当に気分転換しながら…」

実はこれはよくある考え方で、平均的日本人で私が今住んでいるような地方都市などになると、これこそが善良な市民のお手本というところだろう。
みんな我慢してるんだから、私も我慢しよう。
従おう。みんなに合わせよう。
何かを変えることなんて自分のようなちっぽけな人間には(特に女性には)できるわけもないのだから、せいぜい適当にへつらったり媚びを売ったりご機嫌を取ったりしながらやるしかない…。

でも、でも、でもね。

私は最初の助産師さんの励ましを取るよ。

産後うつはおよそ1日くらいで解消したけれど、今、愛しい息子が神様から私たち夫婦に授けられて5か月にならんとしている中思うことは…

「ママは諦めないね。何としても、また稼いでどうにかする。日本でよくいう『忍耐』はあまり役に立たないよ。」

なぜなら、このママはね、日本的な『忍耐』にはすこぶる嫌悪感を覚えるから。
一度きりの人生、明るい方へ行こうとできることをすべてやらずに、他にすることはない。
Loving Kindness、愛に満ちた親切心を大切に、この世を少しでも明るくするために、
日々生きるというミッションがあるママの息子は、権力に盲従していれば安心という
保守的で自分の考えのない生き方を植え付けられてしまう日本の公立校へは通わせられない。日本の『忍耐』は日本国内では美徳として評価されがちだけれど、一歩日本を出てしまえば、それは問題の根本を改善する方法を受け入れない後進的で排他的かつ極めて非効率的な姿勢として人々の目に映るのも事実。

狭い世界で忍耐し通し、型にはまることができなかったら「ダメな奴」扱いされてしまうなんて、もったいなすぎる。
それよりは、少々大変なことが降りかかっても、なにくそ!と自分だけのアイディアと智慧で道を切り開いていける人になって欲しい。そしてそうするには日本を出た方が、より選択肢が広がる。もちろん日本を選んでも良いけれど、何というか…。
ママにとってはね、日本は息ができない、狭くて暗くてじめじめした所なんだ…。

いつの日か、私が日本語で書いたこの文章を、息子が読むこともあるだろうか。
果たしてこの文章が読めるだけ漢字を教えるだろうか?

まだまだこれから試行錯誤しながら考えてやっていくつもりだが、ひとまず産後3日目から今に至るまでの重要なトピックに対する気持ちをメモ代わりに書いておいた。

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